リゾーピア箱根。
登山鉄道の終点、強羅からさらにケーブルカーで登った中強羅に隣接するリゾートトラストのリゾートホテルだ。外観はレンガを使った重厚な造りで正面から見ると二本の塔が印象的な建物だ。早雲山を背に山と森に囲まれた静かな立地。硫黄と木の香り、都会では聞けない鳥たちのさえずり。都心からアクセスは抜群だが、こんなところに非日常が転がっている。開けた青い空と深い緑の箱根の地は、リゾーピア箱根の価値を高める。
おれは古くから、家族旅行でここを使わせてもらっていた。
チェックインの刻、夜の帳が少しづつ降りる頃、ホテル内は賑やかしくなり、活気に満ち溢れる。客の顔はこれから始まる小旅行に誰しもが笑顔だ。チェックインを済ますと部屋に通される。おれのお気に入りは大浴場からは少し遠いがB館と呼ばれていた棟だ。部屋はそこまで広くはないが、窓から見える山々や緑はいつ来ても心を和ませるものだった。夜になるとどこからか美味しそうな香りが。レストランに近づくにつれ、香りは濃くなり、いざ着席。
見た目にも凝ったオードブルからはじまり、コースは続く。レストラン内はガヤガヤと楽しそうな談笑がBGMだ。
食事を満喫し、レストラン前のテラスに出る。向こうの山のリゾートホテルだろうか、キラキラと点々とした光が美しい。微かに聞こえるジャズやクラシックが夜風に乗り、リゾート感を更に強める。
部屋に帰り、大浴場に向かう。客室からは少し長い廊下を歩かなくてはならないが、ホテル独特の香りと温泉という楽しみを徐々に盛り上げてくれるこの回廊は、嫌いではなかった。
浴場は薄暗く決してきれいではなかったが、絶え間なくこんこんと湧き出る温泉はやはり魅力的で、滞在中にこれでもかと言うほど入った。
魅力は部屋に帰る途中にもあった。温泉宿でよくあるゲームコーナーだ。大浴場の近くにあり、湿度が高い。そしてシャンプーの匂いが充満している独特な空気感。そこにゲームの電子的な音楽が入り混じる。箱根、温泉、ゲームというおれにとっての楽園がそこにあったのだ。
全てを満喫したおれは、家族との団欒を終え、ふかふかの布団で深い眠りにつく。
朝は目覚ましをかけずに嬉しくて起きてしまう。外に出ると、やはり横浜とは違う空気。適度な湿度に硫黄の匂い。空調のゴーという音もなんだか心地が良い。そのあとは朝日と緑が眩しい開放的な会場で朝食を食べる。あっという間にチェックアウトが来て、楽しかった一泊二日の旅行は終わる。
こんなささやかな楽しみを毎年のように、祖父母や両親はプレゼントしてくれたのだった。
やがて18になったおれは、リゾートトラストに就職する。配属先はもちろんリゾーピア箱根だ。震えるほど喜んだが、待っていたのは今でいうパワハラの嵐だった。今のような〜ハラスメントという言葉をさほど流通がなく、殴る蹴る、無視は当たり前だった。前述のような素敵な思い出の裏は数々のハラスメントで構築されていたのだった。皮肉なことに、そのようなことを全く表に出さなかった当時のスタッフは流石プロだ。
リゾートトラストを退職した直後はそれこそ、箱根が嫌いになった。苦々しい思い出が、幼少の思い出に上書きされ、箱根自体が嫌いになったのだ。それでも少しづつ、傷は癒え、また箱根に遊びに行くようになれた。退職してからは数回しか利用はしていないが、あの独特な空気はやはり好きだった。
リゾーピア箱根は一時休業に入った。理由は書かれていたが、具体的なことは明記されていない。理由や大まかな現状復帰の時期、そして進捗状況なども欲しい。もしかしたら、このまま廃墟になってしまうことだって考えられる。このブログでは失われた建物等、勝手におれが書いてきたが、このリゾーピア箱根がもし、もしなくなってしまうのならあまりにもショックだ。